Can Coll(カン・コィ)再生計画

 

    

  

 カタラン語における「マシア」とは、土地を所有している富裕農民の邸宅の総称であり、「カン」とは、家という単語 Ca と、〜氏のという単語 enが合成されたものであり、「〜氏の屋敷」という意味を持つ。「カン・コィ」とは「コィ氏の屋敷」という意味である。
 スペインで「マシア」が作られるようになったのは、農奴解放が行われた
15世紀後半以降であり、人格開放を勝ち取った自由な保有民たちが農園に家を建て始めてからである。つまりそれ以前のものは、領主の所有する砦や管理小屋などであり、15世紀の アーチが残されている この「カン・コィ」の廃屋も、かつてはそうした役割の下に建てられ、それが開放農民へと拡大されていったものであろう。15世紀のものと思しきアーチの隣には、16世紀以降に作られたであろう一回り大きなアーチが加えられている。屋根の半分は朽ち落ち、当然ながら電気も水道もガスも来ていない。

 

正面玄関からの全景

 

塗り込められた15世紀末のアーチ

 

朽ち落ちた屋根

 

美しい遠景

 

 

「だが、それが何だと言うのだ。壊れているなら直せばいい」 現在のカタルーニャ地方で、こうした廃屋マシアを手に入れるのは困難を極める。廃屋はいくらもあるが買い取ることはきわめて難しい。運のよい事に、我らが友人ベジェス家はリタイア後にのんびりと大好きなダルメシアンと暮らせる新天地を捜し求め、ついにタラゴナ県に15ヘクタールものブドウ畑とオリーブ、アーモンド畑 付きの廃屋に巡り遭う事が出来た。50年程前までは人が住んでいたという農園の中の一軒屋、それがこの「カン・コィ」なのである。彼らはこの廃屋を再生して「ダル屋敷」にしようというのだ。

 

 という訳で、建築家である私がこの再生プロジェクトをやる事になった。無論「お楽しみ」である。そして我々には、いつでも自由に使える部屋が与えられる約束なのである。

 

 まず廃屋の状態だが、1階は台所、食堂室、パン焼き釜室、納屋、玄関から通じる土間、家畜小屋、ボデガと呼ばれる収納庫があり、2階にはサロンと部屋が幾つかに分かれている。ボデガの部分は屋根が朽ち落ち、2階の梁もなく大きな空洞となっており、そこにはトーレと呼ばれる塔の壁だけが残されている。サロンには細長いバルコニーがついており、そこから見渡す一面のブドウ畑は清々しさに満ちている。その隅にかつてのトイレがあり、外から見ると細い土管のようなものが2階トイレから地中へと繋がっている。無論、風呂はない。これが当面彼らが住居部分として再生する部分である。

 この他に家畜小屋に壁を接した馬小屋があり、そこは2重アーチを2つ持つ吹き抜けの大きな空間である。その横は収穫、収納小屋であり、葡萄を搾る機械等がまだ放置されたままだ。そして農具倉庫があり、全てを合わせれば1000平米を超えようかという大きなマシアである。

大まかな希望を聞くと、一階の家畜小屋だった部分(ここにも2つのアーチがある)をサロンに、そして2階の部屋を仕分け直しバスルームを2つ、ボデガ部分の朽ち落ちたトーレを再生し、2階から3階をビセンスの部屋にしたいとの事。大掛かりな工事となる。そして将来的には馬小屋部分などを改修し「カサ・ルラール」と呼ばれるペンションにしたいのだそうだ。

以前の住人の家具がまだ放置されており、これらのガラクタをまず片付ける事が再生の始まりとなりそうだ。ベジェスたちが大掃除に取り掛かるのと同時に、我々は実測調査を始めた。梁の数、その痛み具合なども調べなくてはならない。電気、ガス、水道・・・。問題は山積みだが表情はあくまでも明るい。しかし何よりも増して問題になるのは、この見知らぬ土地で職人を如何に集めるかという事だ。建設ラッシュが続くバルセロナでは、こうした手間のかかる修復改築工事の職人を見つけるのは至難の業なのだ。

だが幸いな事に、顔の広いベジェスたちの事。この土地を見つけたのも近くに住む友人の知らせによってという幸運さなのだが、その人物が現場をも受け持つという。元電気技師だというリカルドが村の人手も集めてくれるというのだ。さて、如何なる事になるのか・・・?

 

 
 

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